97年3月15日 くもり
台東−墾丁
朝7時30分スタート。珍しく早い。11乙号をすすむ。アップダウンも少なく、快調に走る。
昼過ぎ、達仁に着いた。地図によると、ここより海沿いには道はない。どうすすむかと思う。24号との分かれ道には、28公道尚未開通、遊客車両請沿行台九公道至?峠、?行一九九県道有達旭海、恒春地区、謝謝合作。とかいてある(旧字体で)。とにかくこの道を進むことにした。1車線の道、しばらくすると未舗装になった、それでもすすむ。分かれ道は適当にすすむ。そのうち、バイクの通った跡の有る小道になった。それでもすすむ。きれいな花が覆い茂り、蝶が飛んでいる。こんな道くるんじゃなかったと思いながらすすむ。しばらくすすむと、道に施工危険禁止?行と書かれている。しかし、書かれているのは反対側。この道は通ってはいけなかったらしい。
しかしここはどこなんだ?海水浴場がある。海の家やキャンプ場もある。海の家で、チャーハンを食べる。魚の汁も食べる会わせて50元。観光地特価ではなかった。どうもここは旭海のようだ、26号線が有ったので海沿いのその道を南に進む。すると、ゲートがあり、軍人が立っている。通れないのかなと思って自転車を止めると軍人が手でおいでおいでをしている。なんかいって来るが、わからない。地図を見せて、「あい うおんつー ごう」といって、地図を指差す。OKといって、ゲートは開いた。パスポートを見せるべきだったのかなと思う。1.5車線の26号は、なんだか軍事施設の中の道のようでした。再びゲートが有り、港仔についた。ここからは素直に山のほうへすすむ。200号線で満州へ向かう。分水嶺という字そのままの町があった。人の顔は漢民族の顔とは一味違っていて、マレー系のようだった。やしが茂っていて、いかにも南国といったところでした。満州で宿を捜す。旅社は1つしかないようです。そこにいったが、どうも宿泊拒否のよう。なぜ?仕方なく200甲で、最南端のほうへ向かう。26号と合流し南へ走る。食堂が何軒もある集落だ。しかし、宿はない。ガイドブックには、公園内ではホテルは規制されているが、一般民家にも泊まれるとかいてある。食堂で、「旅社を捜している」と中国語で書いた文章を見せる。なんかいってくる。要多少銭と書くと、800らしい、ついていくことにする。普通の家のようだが、バストイレ付きの部屋があり、ホテルのようである。しかし、ラジカセや本も置いてあり、普通の部屋のようにも見える。お金を払い泊まるころにする。テレビは部屋の中にはなかったが、外に有るのでつけてもらった、CATVがあり、約100チャンネルが楽しめる。日本の放送専門チャンネルもあるようでした。クレヨンしんちゃんも放送されていました。マジカル頭脳パワーのそっくりの番組もありました。また、別のホテルで見たのですが、志村大爆笑や欽ちゃんの仮装大賞など放送されていました。日本の面白い番組は、徹底的に放送されてるようです。
本棚に高校の卒業アルバムが有りました。高雄の商工高校のようです。学校の規模は日本よりかなり大きいように感じました。学校の雰囲気は日本と同じよう。体育大会の雰囲気も日本と同じように感じました。また、学科?クラス?によっては日本に修学旅行でいってるらしく、沖縄の写真やニセコのスキーをしている写真もありました。
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homepage@kazuno.net かずあき